「小幌の仙人」秘話

そろそろ小幌の磯の時期かと思います。
小幌駅は存続するかで話題にもなっていますね。

今回は故人を偲ぶ思い、また、考えさせられることも多く、記事としました。
けっこう重たい話題を含むので苦手な方はスルーしてください。

なお今週はじめにヒラメ釣りに出て無事何事もなかったことも報告しておきます。


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もう何年も前の話になりますが、小幌には仙人と呼ばれる方が住み着いておりました。
かにぬーさんがブログ「ヲタキッシュ」で詳しくまとめられております。
山道ルート開拓前は、小幌駅から仙人の住処を通って磯場に降りていたわけです。

もう亡くなって久しいですが、改めて地元の方から聞いたことを以下にまとめました。

・仙人はもともと勤め人だったが、世捨て人になり、小幌に住み着いた。
・小幌駅は豊浦の管轄だが小幌は豊浦と長万部の町境で、仙人は長万部側の土地に居たので、長万部の町人として扱われた。
・名前は語らなかったようで、小幌太郎と仮名もしくは俗称がついていた。
・町で定期的に見回りに行っていたが、居ないときもあった。
・十年以上住んでいたのは間違いなく、冬は駅の除雪をし、暖房のある待合室で寝泊まりしていた。
・外部との接触もあった。妹さんが定期的に顔を出し、差し入れもしていた。
・静狩漁港で、ホタテの耳吊りのアルバイトをして現金を稼ぐこともあった。
・体調不良を釣り人が発見、ヘリで長万部町立病院に運ばれた際、すさまじい臭いを放っていた。
・病名は末期の胃ガンだった(この点は伝聞色が強い)。
・亡くなった際は身の上がわかるものや連絡先が出てきて、妹さんがきて、また、音信不通だったという兄が青森から来て号泣し、お骨を引き取っていった。




わたしの同僚に何人か自殺した人がいます。
特に、数年前に同期入社で唯一の同じ部の同期が自殺しており、いまもわたしの心のトゲになっているように思ってます。
彼は世間一般で自殺するように思われるタイプではなく、バンドマンでサッカー好きの活発な男でした。
が、とある年にうつ病となり、その病気療養中に、自殺してしまったのです。
うつ病は死亡率の高い病気で、考え方や行動に影響してしまう怖さがあります。
発症には様々な要因があるでしょうが、過度で長期的なストレスというのは要因となると言っていいでしょう。


仙人は、どういう境遇からそうなったかは分かりませんが、とにかく、死ぬことではなく世を捨てるという選択をし、実行していた人なんだと思います。
心配してくれる親族もいたなかで、山間の小屋で独り過ごす。台風のときも吹雪のときも、10年以上も。
想像してもしきれない境地です。
こういった生き方をした人が、最終的には、泣いてくれる親族がいて、骨も拾われて、お墓に入った。
現代人である以上、社会と完全に遮断されることはないのだな、と考えさせられました。

そして、自分に置き換えれる事ではないですが、自分がとんでもない窮地に陥り、全てを投げ出したいほどの状況になったとしても、それこそ無人島にでも行って、生を全うしたいと思うのです。
自殺する本人はきっと一瞬の苦しみですが、残された人にはずっと残る記憶です。
生きる、そういった考えが出来なくなるような病気にならないよう注意を払い、もしなったらすぐ治療するということも大切な気構えとあらためて思うのです。

今回この記事を書いたのは、自分の心のトゲ抜きのためかもしれません。


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